アナログ再生におけるヘッドシェルについての事例(おーっ!学者みたいだ) /Feb 1, 2000
今ではあまり注目される事の少なくなったアナログレコード再生のテクニック。今の時点で書いておかないことには次第に忘れ去られてしまうのでは?という観点から、ここに記録しておこうという気になりました。
アナログ再生のテクニックは、相手が限りなくカラクリに近い原理の為(そうではないと考えていらっしゃる方、ごめんなさい。でも私にはやはりそう思えるのです)、実に様々な流儀が存在しています。それらを全て記載する事はとてもではありませんが不可能です。
ここでは私自身が実践し、自分のシステムでは効果のあった手法を記載します。勿論それは違うぞという意見があって当たり前です。反論の有る方もいらっしゃるでしょうが、そこは読み物として楽しんで下さい。世の中にはいろいろな人や状況が存在していると考えておりますので、実践してみて悪い結果が出たとしても責任は負いません。ですからここに記載するのとは別の確固たる信念と手法を持っていらっしゃる方は、この文章とは無関係に御自身の意見を表現して下さい。
話の本筋とは違いますが、いくつかのオーディオショップにおいて店員やユーザが、そこでのオリジナル手法が良いと主張している話を良く耳にしますが、あまり断定しない方が良かろうにといつも思います。確かに効果が認められた手法なのでしょうが、世の中はいろいろな状況が存在しています。例えば、いろいろな機器をリジットに固定するのが効果的な場合もあれば、一方ではふらふらの状態の方がトータルではメリットがある場合だって在りえます。そうでなければ、あれだけ多くの種類のアクセサリが世の中に出まわっているわけがありません。批判している訳では有りませんよ。現象を述べているだけです。
世の中には、自分が想像もしなかった手法で、とてつもなく良い音を出している人がきっと居る筈です。そういった事を常に意識していなければ、広く深い可能性を持ったオーディオという趣味を、自ら狭めてしまう事になります。告白してしまうと、かつての私自身に対する反省なのです。気を付けなけりゃね。
さて、アナログ再生の手段といっても、実に様々な部分に及んでいます。一度に全てを書き連ねようと思っても、かえって密度の薄いものになってしまう恐れがあります。とりあえず今回はヘッドシェルについて記載します。このヘッドシェル一つをとっても書いておくべき話は沢山あります。この文章は、重箱の隅をつつくような話なのです。
(1)カートリッジの止め方について
カートリッジをシェルにネジ止めするわけですが、このネジにすら実に様々な種類が有ります。例えば、多くのシェルまたはカートリッジに付属してくるアルミ製ネジ、ステンレスネジ、真鍮にニッケルメッキ、真鍮にクロムメッキ、銅メッキや金メッキっていうのも有りました。要は、ネジの規格がM2.6であり、長さが合えば何だって機能を果たせるわけです。但しごく稀にM2.6でない規格のカートリッジも有るのでご注意を。
私なりに様々なネジを試した結果、ポリカーボネイト製のネジが好結果を得る事が出来ました。音の傾向としては、“全ての帯域で軽く出る”というものです。更に、シェルとカートリッジの間にやはりポリカーボネイト製のドラえモンじゃなかった、ワッシャをはさむと(私にとって)良い結果が得られます。但し、組上げる前に、各接合面はアルコール等で良く汚れを拭き取っておく必要があります。これを忘れると立ち上がりの鈍い冴えない音になってしまいます。また、ポリカーボネイトのネジは、締め付けすぎてはいけません。音がぎちぎちに硬くなってしまいます(一度締めすぎたネジは元には戻りません。新品に交換するしかありません)。そこでそれぞれが自分なりの締め付けトルクを身に付ける事となります。それぞれに個人差は有るものの、大体同じような力になるようです。
それからシェルの話では有りませんが、このネジを締めてドライバに加える力を弱めるときに、ほんの少しネジ頭が戻る方向に回転するのです。あるとき、後述する仲間の一人(Nさんと呼びましょう)が、「これ(ネジ頭が戻る現象)は良くないんじゃないか?これがおきないように処置した方が良いんじゃないか?」と考え、対策方法として、やはりポリカーボネイトのワッシャを耐水ペーパ(紙やすりの細かいやつ)でざらつかせて使用するという手法を考え出しました。この処置を施したときは、音の中に潜んでいた気配のような物がより出る方向に変化が感じられました。
話をシェルに戻しましょう。それにしても、シェルとカートリッジはメカ的にリジットに結合するべきなのに、何故金属に比べてずっと柔らかいプラスチックであるポリカーボネイトで良い結果が得られたのでしょうか?私は次の様に推測します。 シェルとカートリッジの接合面が、十分に精度の高い平面であるならばもっと剛性の高いネジで止めた方が良い結果が得られると推測します。しかし、実際はそうでは有りません。結構いい加減な接合面に見えます。そうだとすると面接触ではなく、3箇所による点接触となっている可能性が高いのです(あるカートリッジでは、あらかじめ3ヵ所に突起を設けておき、点接触を意図的に実現しています)。剛性の高いネジで更に締め上げれば、この点が潰れて面接触に近付くのでしょうが、シェルとカートリッジには過大なストレスがかかってしまいます。これは気持ちが悪い。そこで、比較的やわらかな材料であるポリカーボネイトを使用する事によって、うまい具合にメカ結合されるのではないか?と思っているのです。例えば適度なトルクで締めておけば、ネジが柔らかいので常に縮む力が働き、“振動に対する接合する力の変動が小さくて済む”なんていう事が起きているのかもしれません。さらに、後述するスペーサにヤスリがけを施すと、更に接合が密になると思っています。ちなみに、よく付属してくるゴムシートを挟むと、立ち上がりの鈍い、実にいただけない音になりました。
但しこのテクニックは私のオリジナル手法ではありません。とある地方の販売店に教えてもらった方法です。そこのユーザは、こぞってこの方法を採用していましたが、その中の2〜3名(Nさんも含む)はそれで終わるようなタマではなかったのです。この方法を更にアレンジし、独自の方法といっても良いほどのテクニックを編み出していきます。それはこの部分に限った事ではなく、アームやターンテーブル、しいてはアンプやスピーカにも及んで行く事になります。そしてそれらの手法は私にも大きな影響を与える事になりましたが、それはまた別の話。
さて、その“特別な仲間”が編み出した手法ですが、シェルとカートリッジの間に挟むワッシャは、薄い方が良いんじゃないか?というところから始まりました。彼らは、またもワッシャを耐水ペーパを使い表面を削り始めたのです。その話を聞いて、私も早速挑戦して見ました。ところが思ったよりも多く削った方が良い結果が得られます。元のワッシャの厚みは0.8mm。これをノギスで測りながら徐々に薄くして音の変化を確かめます。私は0.1mmずつ削り、最終的には0.45mm程度が良いと判断するに至りました。但し、この厚みは、シェルとカートリッジによってベストの値が変わります。私の使用していたシェル
とカートリッジの場合、0.45mm程度で良いと判断したのですが、場合によってはずっと薄い方が良い結果が得られる事があるようです。また、このヤスリがけによって表面がざらつくのも、接触箇所が増えることで良い方向に働いているのではないかと考えています。
ところがこの削る作業が実に大変なのです。ガラス板上に耐水ペーパを貼りつけ、指の腹でワッシャを押えつけながら滑らせて削るのですが、まず均一に削れません。斜めになってしまいます。それを修正しながら削るのですが、カートリッジの形状から、それを2つ作らなければならないのです。厚さを1回変更するのにたっぷり30分程度かかるのです。そのうち、削っている指先の感覚がなくなり、気が付くと思いっきり斜めに削っていたりします。そうなったら当然やり直し。そんなことを3日も続けていれば、指の指紋なんぞ簡単に無くなってしまいます。そこで私は0.5mm厚みのシートを手に入れ、それをカート
リッジの形状に合わせて切り出し、成型する手法に切替えました。ちなみにカッターやはさみで切り出すのですが、この断面もヤスリで削ると良いようです。私は、以降ずっとこの方法を守っております。尚、使用する耐水ペーパの目の細かさですが、人によってベストの値は違う様です。やってみようという方、ご自分でベストのペーパーを探し出してください。
さて、前述のNさんですが、彼はシート状の物を加工する事もやってみたそうですが、最近ではやはりワッシャから削り出した方が良い結果が得られるとの事。同じポリカーボネイトといっても、シート状に加工するのと、インジェクション成型(ワッシャは、この手法で作成されています)では物性が違うという事なのでしょう。彼の加工したワッシャを見せてもらったところ、0.2mm程度まで精度良く削られていました。ようやるわい。
私は現在もっと良い材料があるのでは?と思い始めています。ポリカーボネイトではなく、同じくプラスチックでPEEKという材質の製品があることを知りました。強度と耐薬品性はずっと上です。ちなみにポリカーボネイトは経年変化します。新品のときは白みがかった透明ですが、数年後には黄ばんだ透明に変色します。音もそれに伴い変化しています。黄ばんだポリカーボネイト製ネジを、新品に取りかえると音も元に戻ります。あまり気持ちの良い事では有りませんね。PEEKはポリカーボネイトよりは耐久性が高いようです。但し秋葉原などの店頭ではまだ並んでいません。西川電子部品さんやネジの水谷さんあたりで取り寄せてくれれば助かるのですが。
(2)シェル-アーム間スペーサ
ここにもポリカーボネイトが登場します。そうです。私はポリカ中毒なんです(もう面倒くさいからポリカーボネイトはポリカと略します)。
さて、このスペーサに関しては、無い方が良いんだという意見が多数を占めます。確かに通常のゴムワッシャー等に比べればスペーサなんぞ無い方がよっぽど良い音がします。でも、全く無いとほんの少し音が硬くなると感じた事は有りませんか?
私は前述の販売店からここにもポリカのスペーサをかませると良い事を教わり早速実行に移しました。店員によるとM6(だったかな?)のワッシャの穴を広げ、アームと接合する部分に丁度はまる寸法にしてから、薄く削って使用するとの事。自分なりにいろいろやって見たところ、厚さ0.65mmで良い感触の音が得られました。さて、それで暫く満足していたのですが、ある時使用しているヘッドシェルのメーカの社長が販売店に来ました。そのとき、実に興味深い話を聞いたのです。
そのシェルはアームとの接合面とカートリッジ取りつけ面がぴったり直角(90度)ではなく、ほんの少し小さい角度になっているとの事。何故なら、アームに差込むところについているガイドピンは上側のみについており、取付ける為に締めて行くと、上側が強く引きつけられ、ほんの少しでは有るがシェルは上側を向くからだそうです(それを解消するために上下にガイドピンが付いているシェルも有ります)。ちなみに私が使っていたそのメーカのシェルに標準で付いているスペーサは燐青銅に金メッキを施した物で、確実に角度が出せる形状に工夫されていました(燐青銅はバネ材として優れた素材であり、その社長は一定以上のトルクをかけておけばガタが出ないので好んで使用しているとの事)。そう言えば、今までのスペーサをシェルから外すと、上側に圧力が集中したような後が確認されていました。
さあ、そんな話を聞いたらじっとしていられません。スペーサを斜めに削る作業が始まりました。例によっていろいろな厚みによる音の変化を確かめる上に、今度は角度による音の変化が絡んできます。思い出すのも嫌になるくらいの試作を経た後に、一番薄いところ(上側になります)が0.45mm、最も厚みがあるところ(下側)で0.65mmのときに実に軽やかに音が出てきたのです。尚、元となるワッシャのインジェクション口(ちょっとした出っ張りが側面にあります)が上側に来る様に加工すると組み付けるときに便利です。さて、これに至ったとき私の人差し指の指紋はヤスリがけの為にすっかり消えていました。窃盗をするのだったら、絶好のチャンスでしたね。
さて、ここでの注意事項ですが、カートリッジとシェルの組み付けと同じ様に、この接合面(勿論スペーサの表面も)は、十分にクリーニングしなければなりません。考えてみてください、例えば直径数十ミクロン(0.0?mm)の塵がここに挟まったら、この寸法精度も意味がありません。それに音の立ち上がりも崩れてしまい、“はり”も消え失せます。
(3)その他の接合部
私が使用していたシェルは、いくつかのパーツをボルトオンするタイプでした。従ってポリカ中毒人間の私は、他の部分にもいろいろ使用してみました。ところが必ずしも良い結果に結びつきません。散々トライした挙句、結局もとのパーツに戻すはめになりました。中には外すときにプライヤでくわえた為、無残な姿になったものも有ります。あまり調子に乗るとろくな事にはなりませんね。
(4)指かけ
無いに越した事は有りません。私は常に外して使用してきました。何度か指かけを付けて変化を確かめましたが、その都度余分な響きが付きまとっていると感じて、結局外して使用することになりました。 私が使用していたシェルは着脱可能だった為、無理無く取り外せましたが、指かけ一体型のシェルを使用していたときも金鋸とヤスリで取り外し、その変化が同様であることを確かめました。やはり無くて済むパーツは無いに越した事は無いのです。
但し、マグネシウム製ヘッドシェルの場合は、切断面が酸化してしまいます。これは止めておきましょう。
(5)リード線
10年ほど前、重度の銀中毒者だった私は、当然のごとくリード線にも銀を使用しました。この銀は直径0.8mm、純度99.99%以上のものであり、十分にアニール(焼きなまし)処理を施した物です。アニール処理といっても、専用の炉を使用したりしたものではなく、単にバーナーで炙った物でしたけど。それでもその処理の効果は感じられました。これをしない音がキャンついて聴けたものではないんです。
さてその銀線を、チップと呼ばれるカートリッジやシェルのピンにはめ込む接触子と半田付けします。そのとき、絶縁用にテフロンチューブを銀線に被せます。このチューブでも音は十分に変化するのですが、それは後で述べる事とします。尚、この時使用するチップなのですが、2種類の大きさがあります。一般に、シェル側のピンの直径は1.0mm。カートリッジ側は1.2mmです。ごく稀に例外も有りますが大体この様になっています。自分で組まれる方は、よく注意して下さい。
さて、この様にして組上げたリード線ですが、実際にシェルに組み付けるときにはちょっとした配慮が必要となります。まず、リード線に無理な力を加えないこと。銀線は曲げを繰り返すと音が硬くなります。それから、リード線は出きるだけ交差させない事です。参考までに、例えばDENON製DL-103等は、右側出力と左側出力を交差させないと、結果として左右の信号が入れ替わってしまいます。こうした場合、シェルでは交差させず、アンプに入力する部分で左右を入れ換えるようにしたほうが良い結果が得られました。
そうして暫く使用していたのですが、ある時ふと思いついた事がありました。「どうせこんなに短い距離なんだから、うまく配線すればチューブによる絶縁は必要無いんじゃないか?それに空気は最も優れた絶縁体だと聞いた事があるし。」そう思い始めるともういてもたってもいられません。さっそくテフロンチューブ表面に、慎重にカッターナイフの刃を当てます。作業する事約15分。期待の音出しです。
当時、私のリファレンスレコードは、キングクリムゾンの宮殿。A面最後の“エピタフ”における、ドラムとベースの分離を如何にして確保するかが日々の課題となっておりました。あまり練り上げられていないシステムでは、この分離ができず、ただただ団子状態になってスピーカから垂れ落ちるだけに聞こえてしまいます。
音が出た瞬間、この分離が大きく前進したと感じました。それぞれの音程が混濁せず、互いに潰し合わずにメロディーとして絡み合う様がよく把握できます。思わず「すげぇ」とつぶやき、そしてガッツポーズ!やはり、“無くて済む物は無いにこしたことはない”のです。
さて、そんな状態である程度満足していたのですが、オーディオにおいて停滞は後退を意味します。次なる手段がぼちぼち浮かんでくる頃です。銀中毒患者だった私としては、“出来る事なら、カートリッジの巻き線から、スピーカのボイスコイルまで全て銀線にした状態の音を聞いてみたい”と日頃から思っておりました。全てを銀線に変更する事は不可能なのですが(半導体のパターンや、ボンディングワイヤ、リード線まで銀にする事はどうしたって不可能です。500億円ぐらい持っていれば出きるのでしょうけど)、せめて手をかけることによって実現できそうな所はトライしたいところです。
前出の販売店では、チップを銀削り出しで作成していたのです。今までは、あまりの手間の掛かり具合に端からあきらめていたのですが、ここにきて遂に欲求が勝ったのです。「あぁ、銀チップの音を聴きたい!」私はバイスを手にしました。直径2mmの銀線(銀棒?)から、チップを削り出したのです。
前記したベースとドラムの絡み具合がより自然に感じられます。こちらが意識しなければそれなりに。意識を集中させればより多くの状態を聴き出せるという、まことにありがたい状況になってきたのです。「あぁ、音楽とはなんと素晴らしいのだろう。」そのとき私は、けっこういっちまった目つきをしていたのかもしれません。
(6)シェルその物の改造
さて、ここからが改造人間の本領発揮です。当時の私は、特定のカートリッジしか使用しませんでした。従って、一つのシェルに幾つかのカートリッジを付けかえる等という事は、全く考える必要が無かったのです。更に、信号系路上の接点は一つでも少ない方が良いという信念も持っておりました。
そこで目を付けたのが、シェルのアームとの接合部分に有る4本のピンです。これをリード線と一体化してしまえば接点が1個減ります。白状してしまうとこれも私のオリジナルの発想ではありません。例の販売店で先に行っていた処置なのです。銀チップと同じく最初は抵抗があったのですが(他のカートリッジに換えようとしたときに、新しいシェルを購入できるほど金銭的余裕が無かったのです)、やはり欲求がこれを上回ったのです。
その処理方法なのですが、シェルのピンを埋め込んだプラスチック部分の熱特性や、モールド方法によって2種類に分けられます。ピンに半田ごてを当てて加熱し、プライヤで咥えて引張ったとき、抜ける様であれば話は実に簡単です。テクニクスや、オーディオテクニカ等のシェルはこのタイプです。抜けたら後は現物に合わせたリード線を接着剤を用いて、ここにはめ込めば良いのです。といっても形状を合わせるのにけっこう手間が掛かりますけどね。あと、接着剤は、長時間で硬化する2液性エポキシ系接着剤がお薦めです。瞬間接着剤はお薦めできません。何となく音が薄っぺらくなります。
さて、そうでないタイプのシェル(加熱してもピンが抜けないタイプ。ダイナベクターやサエク等がそうです)は大変です。どうするかと言うと、モールドごと引きぬき、新しくこのプラスチック部分から作り上げなければなりません。まず抜き方なのですが、シェル-アーム間スペーサスペーサの所で記載したガイドピンを、傷がつかないように気を付けながらプライヤで咥えて引きぬきます。そしてプラスチック部分が引きぬければOK。引き抜けなかったら、アーム側のプラスチック部分のふちを、カッターで切り落としてから引きぬきます。これでまずは抜けます。
次にM8程度のポリカのボルトを、引きぬいたプラスチックと同じ形状に削り出します。当時は(今でもだけど)旋盤なんぞ持っているはずも無く、全て手で持ってヤスリをかけて成型しました。全く涙が出るような話です。途中からは現物(シェルのプラスチックを引きぬいた部分)に合わせて作業します。ガタが生じてはいけません。
*注 この時はポリカを使用しましたが、今だったらテフロンから削り出す処置を行います。でも、当時はテフロンの部材は手に入りませんでしたし、私はポリカ中毒患者だったのです。
次に、リード線が通る穴4つを空けます。またもや手で固定し、バイスで穴あけです。シェル側のコンタクトピンと確実に接触し、尚且つ外側にずらします。その上でまっすぐ穴をあけないと、前出のガイドピンと接触してしまい、信号ラインと外装がショートしてしまいます。また、外側(パイプ部分)に接触してもいけません。そして、このまっすぐ穴をあけると言う作業が実に難しいのです。私はこの作業を失敗し、M8のポリカ製ボルトを削り出すところからやり直した事が何度か有ります。
穴があいたらリード線が問題無く通る事を確認し、シェルにはめ込みます。見つめるだけ見つめて、アーム側の穴がシェルに対して傾いていない様位置を合わせます。その状態でガイドピンの孔から、直径1.0mmの刃を取りつけたバイスを用いて、はめ込んだポリカに垂直に孔を空けます。これが斜めに空けてしまったりすると、M8ボルトの削り出しからやり直しです。うんざりしちゃうよね。穴があいたらガイドピンを差込み、ピンが根元まで十分はまり込む事を確認してから抜き取ります。ポリカも一度引きぬいて、シェルの内側共に十分にクリーニングを施してから2つとも再度差込みます。この時接着剤を使用する必要はありません。
後は、前出の加熱してピンが抜けるタイプのシェルと同じ手法で完成させます。ただ、リード線を接着剤を用いて固定する前に、シェルのパイプ部分と、各信号ライン間でショートがない事を確認する必要があります。もしショートしていたら、やっぱりM8ボルトの削り出しからやり直しでっせ。ぐえぇーーーーっ!
さて、そうした後に出てきた音なのですが、なんだか当たり前過ぎるほどの“普通の音”という感じになったのです。言換えれば今までは何所かしらに強調感が有ったのだなと感じる音なのです。もちろん情報量、分離、演奏者の意図の伝播など、今まで考えてもいなかった次元で実現されています。この音が良くないという人もいるのでしょうが、私はこの方向で行こうと確信したのです。
最後に、記載しておきたい事があります。ここに書いた事は、あくまで当時の私のシステムにおける現象です。一般性がどこまで有るかは判らないということは、冒頭でも記載した通りです。また、それとは別に、音はあくまでトータルで決まるのだと思っています。ここではシェルについて書いただけですが、これはシステムの系の中では本当にごく一部です。これだけで音が決まるわけでは無い事を忘れちゃいけません。それから、こうした処置が音の変化として現れるには、それなりに整備された環境でなければならないと思っていますし、また聴く側にもある程度の歴史が必要なのかもしれません(そこんところは未だに良く判らないんだけどね)。
(芦澤)
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