真空管とトランジスター /Feb 3, 2001
今、オーディオ界では真空管アンプがちょっとしたブームだ。わがファラデイでもキットフォームによる自作大会をやったことがあるくらいで、手軽に「自分で作ったアンプ」を手にすることができる喜びは、やはり格別のものなのだろう。
そんな手軽さが受けている真空管アンプだが、一方で未だに「真空管の方がトランジスターより音がいい」と主張し真空管アンプを使い続けるベテランマニアも存在する。私(藤川)は、オーディオを始めた頃にはすでにトランジスター時代に入っていたので、自分で真空管アンプを使った経験は無い。だから真空管アンプに関してはベテランマニア宅で聴かせてもらったことしかないが、それはもう素晴らしい音だった。
ある先輩オーディオマニア宅では、ウエスタンのアンプでドライブする、アルテック(低音)+ウエスタン(中音)+JBL(高音)のモノシステムを聴かせてもらった。それで鳴らす『ブルー・トレーン』オリジナル盤のなんと熱かったこと!(ウチのシステムではあのホットさはかつて出たことがないものだった…)
他のある大ベテラン宅では、300Bをふんだんに使った自作アンプでマルチドライブされた、アルテック(低音)+オンケン(中音マルチセラホーン&高音ホーン)の壁一面もの巨大システムを鳴らしてもらった。聴く前は「さぞものすごい迫力が!」と思ったが、案に反してその音は実に自然だった。しかし要所要所では部屋中のガラス戸がビリビリと震えだしたので、ディスクに入っている情報は的確に取り出すシステムであるということがよくわかった。見た目とおりの巨大な音でなく、演奏者に対応した自然な大きさに音を定位させることは、どんなにか大変なことだったろう…。
このように管球アンプに関しては借り物の経験しかない私だが、ただ一つ自分自身の印象的な体験談があるので、それをお話ししたいと思う。
私の現用プリアンプの一つはマランツの7Tだ。これはもうオーバー30年の太古アンプで、しかも同じマランツ7なら真空管式の7や7C(この両者は日本では区別されず、共に「マランツ7」と呼ばれている)におされて人気もさほど無いアンプである。ではなんでそんな物を使っているのかというと、私のオーディオの師匠格であるW氏がアメリカから個人輸入されたのがきっかけだった。
W氏はこれのケースだけ使って、中身は自分で組み上げたアンプと入れ替えるつもりで、まあ、壊す前にオーディオ仲間に披露しようということになったのである。(つまりは7Tは今のアメリカではケース代と大差ない値段しかしないこともあるのだ。)
その披露宴(?)は、やはりオーディオ仲間であるT氏宅で行われた。T氏は7Cをお持ちなのでそれとの比較もやろうというのである。プリはマランツの2、スピーカーはJBLの4343で、いろんなソースを聞き比べた。
その詳細は省くが、結果はどうかというと、7Cと7T、確かに両者に差はあったがそれほど大きなものではなかったのである。
たとえるならば、7Cは3管式プロジェクターで見る大画面、7Tは液晶プロジェクターで見る大画面という感じだった。つまり7Cより7Tのほうが鮮やかな感じがした。(音のエッジが立ち、メリハリ感は上だった。)その反面、7Tにはどうしても粒子感が音に残り、音像の焦点が完全には合いきれなかった。逆に7Cは音の焦点は完全に合っているものの、ビニールやガラス一枚を隔てた向こうに音像があるという感じがした。
五味康祐氏が『人間の死にざま』という著書の中で、トランジスターアンプの音について「音が飽和するとき空間に無数の鉄片(微粒子)が充満し、楽器の余韻は、空気中を楽器から伝わってきこえるのではなくて、それら微粒子が鋭敏に楽器に感応して音を出す、といったトランジスター特有の欠点−真に静謐な空間を持たぬ不自然さ−」と書かれていたが、これはほぼ同じニュアンスのことを言っておられたのではないだろうか…。
この「真に静謐な空間を持たぬ不自然さ」をどう考えるかで、7Cと7Tの評価は分かれそうだ。クラシックのソロや室内楽を主に聴くなら、この「不自然さ」は決定的な欠点となるだろうし、ポップスやジャズ主体ならば何の問題もない。むしろこの場合は7Tの鮮やかさが大きな魅力となってくることだろう。
結局のところ、どちらかが決定的に劣るというものではなかったし、現在の日本での7Cと7Tの市場価格の差を考えた時(7Cはオリジナルで40〜50万以上、7Tは普通10万以下。元は7Tの方が少し高かったが、両者の人気の差により値段は逆転し大差がついた)、7Tの健闘ぶりは立派だと言えるだろう。
私には7Tのコクのあるメリハリぶりがけっこう気に入った。ちょうどガッツのある音がするアンプを探していたこともあるし、なにしろデザインが最高だ(中央にヘッドホンジャック等3つの穴が追加され、レバーやスイッチの色が変わった他は7Cと同じ)。第一、7Cを所有するには、技術方面の自信と高価な真空管のストックを常に持っておく経済的余裕とが必要で、その両方とも私には無いものだ。
それになによりもこの7Tは、このままだとあわれ解体されてしまうのだ! 私はW氏に7Tの譲渡を申し入れた。こころよくW氏は承諾してくれ、7Tは私の物となった。
それから一年半、最初の一年は同じマランツの250と、そしてこの半年は510Mとペアを組み、7Tは私のJBL4343Bを鳴らし続けてくれている。アメリカンマランツのペアによるその再生音はガッツと繊細さとを兼ね備え、特に510Mになってからはナチュラルさと迫力も加わって、魅力が大幅アップした。まあ強いて言えばやや残留ノイズが多いため深夜の無信号時には「シャーッ」という音が聞こえなくもないが、これは私にとっては許容範囲内。音楽が鳴り出せばすぐに聞こえなくなるし、パソコンをつけてもエアコンを入れてもこれ以上のノイズは発生する。第一、パルス性のものでない限り一定のノイズにはすぐに慣れてしまうものである。(もっともこの辺は「アバタもエクボ」かもしれないが…。)
以上が私の体験談である。これはあくまでも一つの例にすぎないが、真空管とトランジスターの音の違いを語る上でけっして無視できないケースだと思う。真空管アンプとトランジスターアンプの音の違いには様々な要素が影響してくるから、実際にアンプの聞き比べをしたところで、その音の違いが本当に「真空管とトランジスターの音の違い」によるものかどうかは解らないというもの。しかしマランツの7Cと7Tの場合は、当時のオーディオ誌にも「7Tは7Cの回路をトランジスターに置き換えた物でフォノイコ部は同等」というような記述があるくらいなので、比較実験としてかなり意味があるのではないだろうか。(もちろんどちらも太古アンプなので経年変化の問題は大きいし、7Tは最初期のトランジスターアンプなので完成度に疑問があるという意見もあるだろうが、問題が煩雑になるのでここではそれにふれない。)
真空管とトランジスター、この2つは決して「一方が他方に勝る」というものではないと思う。それぞれに魅力・欠点があり、ユーザーが理解して選択すればそれでいいんじゃないだろうか。信頼性と安定性を重視すればトランジスターだろうし、「手作りアンプに火をともして音と共にその灯りを楽しむ」なんてのは真空管じゃないとできないことだ。私自身は今は真空管アンプは使っていないが、それは前にも書いたように技術的問題と経済的問題がクリアできないからにすぎない。いずれそれらがなんとかなれば、ファラデイでもやったキット製作くらいには手を出したく思っているのがホンネだ。(ビンボーな物書きで、かつ重傷のローンレンジャーたる私には、アンプのキット代すら出ない時だってあるのです、トホホ…。)
(藤川)
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