オーディオの青春 青春のオーディオ /Aug 31, 2001あるファラデイメンバーの御好意で、『オーディオ彷徨』という本を読むことができた。この本はオーディオ評論家の岩崎千明氏の著作物だが、その岩崎氏が今日話題に上ることはあまりない。時々『ステレオサウンド』誌で「ユニットの振動板が酷使によって粉になるほどすごかった」とか「あまりの音圧でドアがヒン曲がった」等々、「岩崎さんの大音量」についての伝説が語られるくらいで、評論活動そのものはあまり伝えられていないのである。 というのも、岩崎氏がわりと早く亡くなった上に、生前まとまった著作本を残されなかったからで、この『オーディオ彷徨』にしても死後に遺稿集としてまとめられたもの。しかもステレオサウンド社発行のSS選書というシリーズで出たのでとうに絶版になっており、『ステレオサウンド』誌のバックナンバーの広告として表紙や紹介文を見たことはあっても、本そのものを見るのは私も初めてだった。 一読して感じたことは、この本に収められた文章が群を抜いてカッコいいということだ。ジャズとJBLに惚れ込んだ岩崎千明氏の精神がいかに自由だったかを、極めて男性的な感性の元に綴られた文章の数々が語りかけてくるのである。 とくに一般誌やジャズ関係の雑誌に発表された文章のカッコ良さはシビれる程で、タイトルだけひろってみても「あの時、ロリンズは神だったのかもしれない」「時の流れの中で僕はゆっくり発酵させ続けた」「不意に彼女は唄をやめてじっと僕を見つめていた」「トニー・ベネットが大好きなあいつは重たい真空管アンプを古机の上に置いた」等々、実に「青春の息吹」に満ち満ちている。今の感覚では「キザの極み」ということになるのかも知れないが、60年〜70年代にはこういうキザがカッコ良かったのも事実なのである。 しかしそれを岩崎氏のようにさりげなくしかも効果的にやってのけるのは極めて難しい。人生の節々で培われた様々な教養と経験に加え、彼が心にまだ青春の息吹を残していたからこそ、こういう青い、しかしカッコいい文章が書けたのだろう。 これらの岩崎氏の文章が発表された70年代前半という時代は、まさに「オーディオの青春期」。モノラルの自作時代からステレオへ移り、はてしなく拡大されるトランジスターアンプの大出力と共に、日本オーディオ界が絶頂期へと向けて伸び続ける時代だった。 「オーディオの青春」という言葉にふさわしい人物として、瀬川冬樹氏のことも忘れることはできない。瀬川氏は私がオーディオに興味を持ちだした頃はまだ健在で、盛んに評論活動にいそしんでおられた。彼が亡くなったのは82年、私が初めて迎えた「高名なオーディオ評論家の死」だけに特に強く印象に残っている。 瀬川氏の評論の特徴は「文学青年的繊細さ」あるいは「女性的感性」で綴られたきめ細やかな文章にあるだろう。音楽を聴いているその間、刻一刻と様々に表情を変えていく音そのものについて、瀬川氏はきめ細やかな、そしてやさしい言葉で描写を試みておられた。意識の表層に次々に捕らえられた数々の音の美しさを綴った文章は、その対象と同じように美しいものとなって読み手の意識に自然に流れ込んできたものだ。 音楽評論の立場で音楽を文章化するのに誰よりも成功したのが吉田秀和氏だとすれば、オーディオ評論の立場でそれをなしとげ、詩情までも織り込むことができた唯一の例が、瀬川冬樹氏だと言えるのではないだろうか。 文章の繊細さと同じように、実際に瀬川氏が鳴らしていた音についても、かのタンノイオートグラフを愛好し「アンチJBL」の筆頭だった五味康祐氏が、瀬川氏の鳴らすJBLのシステムを聴いて、「自分と同質の鳴らし方をしているこの青年の努力は、抱きしめてやりたくなるほどいじらしい」と評したのは有名な話だから、おそらくは繊細極まりない音が響いていたに違いない。 瀬川氏と言えばJBL4343が印象に残っているが、本来はアキシオム80やロジャース系BBCモニターの音、つまりはブリティッシュサウンドを好まれたようなので、いわゆる「ジムラン」時代の家庭用システムの豪放さにはそれほどひかれず、ユニットとして使うことはあっても完成したスピーカーシステムは43シリーズのプロフェッショナルモニターになってから、その繊細さと迫力が両立した音に惚れ込まれて導入されたのではないだろうか。事実「4341以降はぼくの求める音の範疇に引っかかってきた」という表現を最晩年の文章の中でされている。 タンノイとJBLと言えば、日本ではいまだに2大スピーカーメーカーとして評価されているが、日本にタンノイを根付かせたのが五味康祐氏だとすれば、JBLに関しては「岩崎千明氏が種をまき、瀬川冬樹氏が実らせた」と言えるのではないかと思う。 この三氏が活躍された頃は、オーディオにまだ実現可能な夢や希望が残っていた本当にいい時代であった。これから先の時代には、はたして新しい夢と希望は生まれてくるのだろうか? (藤川)
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